初めての短時間デザイン思考ワークショップ 失敗しない設計ガイド
はじめに:なぜ短時間ワークショップのニーズがあるのか
デザイン思考ワークショップは、参加者が実践を通じてデザイン思考の考え方やプロセスを体験し、具体的な課題解決やアイデア創出を目指す強力な手法です。しかし、企業研修やクライアントへの提案において、「まる1日」「数日間」といったまとまった時間を確保することが難しいケースは少なくありません。限られた時間の中でデザイン思考のエッセンスを伝え、一定の成果を出すことが求められる場面が増えています。
特に、フリーランスの研修講師やコンサルタントとして活動されている皆様にとって、クライアントの多様なニーズに応えるため、短時間(例:半日、3時間など)でのワークショップ提供スキルは重要な差別化要因となり得ます。
この記事では、デザイン思考ワークショップの経験が少ない方でも、短時間で効果的なワークショップを設計するための具体的なポイントと、失敗を避けるための注意点について詳しく解説します。
短時間ワークショップ設計の基本的な考え方
短時間でデザイン思考ワークショップを成功させるためには、通常の長時間のワークショップとは異なるアプローチが必要です。最も重要なのは、「すべてを網羅しようとしない」ことです。限られた時間の中で、最も伝えたいこと、最も重要な体験に焦点を絞り込む必要があります。
設計の基本となる考え方は以下の通りです。
- 目的の再定義: 短時間でどこまでを目指すのか、達成可能な範囲で具体的な目的を設定します。
- スコープの限定: デザイン思考の全プロセス(共感、定義、アイデア、プロトタイプ、テスト)を実施することは難しいため、特定のフェーズや要素に絞り込みます。
- 時間配分の厳密化: 各アクティビティにかけられる時間を現実的に見積もり、余裕を持たせたタイムスケジュールを作成します。
- アクティビティの厳選と簡易化: 時間のかかるアクティビティは避け、シンプルで短時間で実施可能なものを選びます。必要に応じてアクティビティの内容を簡易化します。
- 事前準備の活用: ワークショップ当日までに参加者に準備してもらうこと、事前にインプットしておくべき情報を明確にします。
これらの考え方を基に、具体的な設計ステップを見ていきましょう。
短時間ワークショップ設計の具体的なステップ
ステップ1:ワークショップの目的とスコープを明確にする
まず、クライアントや参加者がワークショップを通じて何を得たいのかを深く理解します。そして、それを短時間でどこまで達成できるのか、現実的な目標を設定します。
- 「何を」学ぶ・体験するのか: デザイン思考の考え方全体を掴むことなのか、特定のフェーズ(例:顧客理解を深める、ブレインストーミングの手法を学ぶ)に特化するのかを決めます。
- 「何が」アウトプットなのか: 顧客インサイトの発見なのか、アイデアリストなのか、簡易的なプロトタイプなのか、具体的な成果物を設定します。ただし、短時間ではアウトプットの質や完成度に過度な期待はできません。
- スコープの絞り込み例:
- 共感フェーズと定義フェーズに絞り、「課題の本質を見つける」ことを目的とする。
- アイデアフェーズに絞り、多様なアイデア発想の手法を体験し、「多数のアイデアを生み出す」ことを目的とする。
- 特定の課題に対するアイデア発想から、最も有望なアイデアを1つ選ぶところまでを行う。
目的とスコープが曖昧なまま進行すると、時間不足で中途半端な結果に終わる可能性が高まります。クライアントとしっかりすり合わせを行い、達成可能なゴールを設定することが重要です。
ステップ2:全体時間と各アクティビティの時間配分を設計する
ワークショップの合計時間(例:3時間、4時間)が決まったら、オリエンテーション、各アクティビティ、休憩、質疑応答、まとめ、といった要素に時間を割り振ります。
- 休憩時間: 短時間であっても、適宜短い休憩(例:10分程度)を挟むことで集中力を維持できます。特にオンラインの場合は重要です。
- オリエンテーションとアイスブレイク: デザイン思考やワークショップの進め方、ツールの使い方などの説明時間が必要です。参加者の緊張を和らげるための簡単なアイスブレイクも含め、最低でも15分〜20分程度は確保したいところです。
- アクティビティ時間: 各アクティビティにかかる時間をタイトに設定します。例えば、アイデア発想なら20分、アイデアのグルーピング・絞り込みなら30分など、具体的な時間を割り当てます。
- バッファ時間: 予期せぬ遅延や議論の深まりに対応できるよう、全体時間の10%程度はバッファとして確保しておくと安心です。
タイムスケジュールは分単位で作成し、参加者にも事前に共有することで、時間への意識を高めてもらうことも有効です。
ステップ3:効果的で短時間向きのアクティビティを選定・簡易化する
ステップ1で決めた目的とスコープに基づき、実施するアクティビティを選びます。長時間のワークショップで使うアクティビティをそのまま詰め込むのではなく、短時間でエッセンスを掴めるものを選び、必要に応じて内容を調整します。
- アクティビティ選定のポイント:
- シンプルさ: ルールが複雑で説明に時間がかかるものは避けます。
- インタラクティブ性: 短時間でも参加者全員が主体的に関われるものを選びます。
- 目的との整合性: そのアクティビティがワークショップの目的に直接貢献するものかを判断します。
- アクティビティ簡易化の例:
- 共感フェーズ: ユーザーインタビューを省略し、参加者が普段から持っている顧客の知識や経験を共有する時間にしたり、事前に提供されたペルソナ情報からインサイトを出すワークにしたりします。
- 定義フェーズ: ペルソナや共感マップ作成を簡易版で行う、または事前に準備した情報に基づいて「Point Of View (POV)」ステートメントや「How Might We (HMW)」クエスチョンを作成するワークに絞ります。
- アイデアフェーズ: ブレストの手法を一つに絞り(例:KJ法、SCAMPERなど)、短時間で集中してアイデアを出す時間に特化します。
- プロトタイプフェーズ: フィジカルなプロトタイプ作成は難しい場合が多いため、アイデアを図解したり、ストーリーボードを作成したりする「コンセプトを伝える」ためのプロトタイプ作成に留めます。
オンライン実施の場合は、使用するツールの機能で簡易化できることも考慮します。例えば、オンラインホワイトボードのテンプレート活用などが挙げられます。
ステップ4:事前準備と参加者へのインプットを設計する
ワークショップ当日をスムーズに進めるためには、事前の準備が非常に重要です。特に短時間ワークショップでは、当日インプットに時間をかけられないため、参加者への事前共有がカギとなります。
- 参加者への事前インプット内容:
- ワークショップの目的、扱うテーマ、期待されるアウトプット。
- デザイン思考の基本的な考え方(必要に応じて簡単な資料を提供)。
- ワークショップ全体の流れとタイムスケジュール。
- 使用するツール(オンラインの場合はツールのURL、使い方ガイド)。
- 事前に考えてきてほしいこと(例:特定の課題に関する日頃の疑問点、顧客に関する既知の情報など)。
- 講師側の事前準備:
- 使用する資料、テンプレート、ツール(付箋、ペン、模造紙など)の完璧な準備。オンラインの場合はツールの設定や共有方法の確認。
- アクティビティごとの詳細な手順と、指示を出すためのスクリプト(短い時間で的確に伝えるため)。
- 想定される参加者からの質問への回答準備。
- もし可能であれば、事前に簡単なオリエンテーションやツール説明会を実施することも検討します。
ステップ5:効果的なファシリテーションの計画を立てる
短時間ワークショップでは、ファシリテーターの役割がより重要になります。時間を意識した進行と、参加者のエネルギーを高い状態で維持することが求められます。
- タイムキーピング: 各アクティビティの残り時間を明確にアナウンスし、時間通りに進行します。タイマー表示などを活用するのも良い方法です。
- 指示の明確化: アクティビティ開始時の指示は簡潔かつ明確に行います。曖昧な指示は混乱を招き、時間のロスにつながります。
- 参加者の巻き込み: 短時間でも参加者全員が発言したり、手を動かしたりする機会を設けます。特定の参加者だけが話しすぎる状況を避けるように促します。
- 脱線の防止: 議論が脱線しそうな場合は、優しく元のテーマに戻すように促します。ただし、重要なポイントであれば少し時間を取る判断も必要になる場合があります。
- オンライン特有の注意点:
- 参加者のオンラインツール習熟度を確認し、必要に応じて操作サポート体制を準備します。
- 参加者間のコミュニケーションを円滑にするため、ブレイクアウトルームの活用方法や、リアクション機能の使い方などを明確に伝えます。
まとめ:経験を積み、改善を繰り返す
短時間デザイン思考ワークショップの設計は、目的、時間、参加者の制約の中で、デザイン思考のエッセンスをどのように体験してもらうかというパズルを解くようなものです。今回ご紹介したステップは基本的なフレームワークであり、実際のワークショップは参加者の特性や場の状況によって常に変化します。
初めて短時間ワークショップを設計・実施される際は、完璧を目指しすぎず、まずは実行してみることをお勧めします。そして、終了後に「何がうまくいったか」「何が改善点か」を振り返り、次に活かしていくことが重要です。参加者からのフィードバックも積極的に収集してください。
このガイドが、皆様が自信を持って短時間デザイン思考ワークショップを提供するための一助となれば幸いです。実践を重ねることで、きっとご自身のスタイルを確立し、より質の高いワークショップを提供できるようになることでしょう。