はじめてのデザイン思考ワークショップ 多様な参加者がいる場合の設計とファシリテーションのポイント
はじめに:多様な参加者から最高の成果を引き出すために
デザイン思考ワークショップは、多様な視点から課題を探求し、創造的な解決策を生み出すことを目指します。そのため、参加者のバックグラウンドが多様であることは、ワークショップを成功させる上での大きな強みとなります。しかし同時に、異なる職種、経験、価値観を持つ人々が一堂に会することは、共通理解の形成や議論の進行に難しさを伴う場合もあります。
特に、フリーランスの研修講師やコンサルタントとして、様々な企業やチームのワークショップを請け負う際には、想定外の参加者構成に直面することも少なくありません。参加者の多様性をポジティブなエネルギーに変え、質の高いアウトプットを引き出すためには、事前の設計と実施中のファシリテーションの両面で、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。
この記事では、はじめてデザイン思考ワークショップを企画・実施される方が、多様な参加者がいる状況でも安心して臨めるよう、具体的な設計上の工夫とファシリテーションのコツをご紹介します。
多様な参加者がいる場合の設計段階での考慮事項
多様な参加者が集まるワークショップでは、誰にとっても分かりやすく、安心して意見が出せる場をいかに作るかが鍵となります。設計段階で以下の点を考慮しましょう。
1. ワークショップゴールの明確化と共有
参加者のバックグラウンドが異なれば、ワークショップに対する期待や目的意識も異なる可能性があります。研修の冒頭で、今回のワークショップで「何を」「なぜ」行うのか、参加者一人ひとりが「何を得られるのか」を、具体的な言葉で明確に伝え、共通のゴールを認識してもらうことが重要です。これにより、多様な意見が同じ目的に向かって収束しやすくなります。
2. デザイン思考プロセスの平易な説明
デザイン思考の経験がない参加者や、異なる専門分野の参加者がいる場合、デザイン思考の各フェーズや専門用語(例: ペルソナ、ジャーニーマップ、インサイト、プロトタイプなど)は理解しにくいことがあります。ワークショップ開始時や各フェーズの導入時に、これらの概念を専門用語を使わずに、具体的な例を交えながら丁寧に説明する時間を設けましょう。視覚的な資料や簡単なアクティビティを用いるのも効果的です。
3. ワークショップのアクティビティ設計
アクティビティは、参加者の理解度や発言のしやすさに配慮して設計します。 * 個別作業とグループ作業のバランス: まずは各自で考える時間(個別作業)を設けることで、発言が得意でない人もじっくり考えをまとめられます。その後、少人数でのグループワークに移ることで、多様な意見が安心して共有されやすくなります。 * ツール・テンプレートの活用: 誰でも同じ形式で考えを整理できるよう、フォーマットが明確なワークシートやテンプレートを用意します。ポストイットの使用ルールを統一するなど、物理的なツールも分かりやすさを重視します。オンラインツールの場合は、操作方法に関する簡単な説明を事前に行うか、ワークショップ中にサポートスタッフを配置することも検討します。 * 短いサイクルでの振り返り: 各アクティビティの後や、フェーズの切り替わりに短い振り返りの時間(例: 5分〜10分)を設けます。これにより、理解が追いついていない参加者が質問したり、ファシリテーターが補足説明したりする機会が生まれます。
4. アイスブレイクとチームビルディング
多様なバックグラウンドを持つ参加者同士が心理的な安全性を確保し、互いの意見を尊重できる関係性を築くことは極めて重要です。 * アイスブレイク: 参加者がリラックスし、互いを知るための簡単なアイスブレイクをワークショップの最初に行います。共通の趣味や意外な一面を発見できるようなテーマを設定すると、親近感が生まれやすくなります。 * チーム分け: 可能であれば、事前に参加者のバックグラウンド情報を把握し、意図的に多様なメンバーでチームを構成します。これにより、チーム内で多様な視点が自然に生まれやすくなります。ただし、極端なスキルや知識の偏りが生じないよう配慮も必要です。
5. 事前情報収集
可能であれば、参加者に対して簡単なアンケートを実施し、デザイン思考への経験、ワークショップへの期待、業務上の関心事などを事前に把握します。これにより、ワークショップの導入部分や説明のレベル感を調整したり、個別サポートが必要な参加者を事前に想定したりすることができます。
ワークショップ実施中のファシリテーションのポイント
多様な参加者がいる状況でのファシリテーションは、異なる視点を統合し、全員が貢献できる場を維持することが中心となります。
1. 共通言語の確立と専門用語の翻訳
様々な職種や部署の参加者がいる場合、それぞれの分野特有の専門用語が飛び交うことがあります。ファシリテーターは、これらの専門用語が出た際に、それが何を意味するのかを分かりやすく補足説明したり、「つまり、こういうことですね」と平易な言葉に置き換えたりする役割を担います。参加者全体に「ここでは共通の分かりやすい言葉を使おう」という意識を促すことも大切です。
2. 多様な意見・視点の肯定と統合
デザイン思考において、多様な視点は非常に価値があります。たとえ意見が対立しているように見えても、それは異なる視点から同じ対象を見ている結果かもしれません。ファシリテーターは、それぞれの意見を否定せず、「〇〇さんからは、こういう見方が出ましたね。△△さんからは、また別の視点が出ました。どちらもこの課題を考える上で大切な視点ですね」のように、一度受け止め、価値があることを伝えます。そして、「これらの視点を組み合わせると、どのような新しい考え方が生まれるでしょうか?」のように、統合を促す問いかけを行います。
3. 発言バランスへの配慮
積極的な発言者と控えめな発言者がいるのは自然なことです。特定の参加者だけが長く話しすぎたり、逆に全く発言できない参加者が出たりしないよう、ファシリテーターが適切に介入します。 * 積極的な参加者へ: 「ありがとうございます。〇〇さんの視点はよく分かりました。他の方はいかがでしょうか?」のように、一度発言を区切り、他の参加者に機会を譲るよう促します。 * 控えめな参加者へ: 「△△さんはいかがですか?何か気づいたことや感じたことはありますか?」のように、名指しで問いかけたり、全体への問いかけの後に少し間を取ったりすることで、発言を促します。
4. 理解度の確認と補足説明
ワークショップの進行中、参加者全体の理解度をこまめに確認します。「ここまでの説明で分かりにくい点はありますか?」「今のワークの意図は伝わっていますでしょうか?」といった問いかけを挟むことで、理解が追いついていない参加者がいないかを確認します。必要に応じて、改めて簡単な言葉で説明したり、個別にサポートしたりする時間を作ります。
5. 対立や誤解が生じた場合の対処
意見の対立や、特定の参加者に対する誤解が生じる可能性もあります。このような場合は、感情的にならず、客観的な事実や、それぞれの意見の背景にある意図を確認することに焦点を当てます。「今、〇〇さんと△△さんの間で意見の違いがあるようですね。それぞれの意見が生まれた背景や、どのような点を最も重視されているのか、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」のように、丁寧な対話を促します。場が険悪になりそうな場合は、一度休憩を挟むなどの対応も有効です。
まとめ:多様性を強みに変えるファシリテーターの役割
多様なバックグラウンドを持つ参加者が集まるデザイン思考ワークショップは、予測不能な要素が多い反面、期待を超える創造的な成果を生み出す可能性を秘めています。フリーランスの研修講師・コンサルタントとしてこのような場をリードする際には、参加者の多様性を「課題」ではなく「強み」として捉え、それを最大限に引き出す設計とファシリテーションスキルが求められます。
事前の丁寧な準備と、ワークショップ実施中の柔軟かつ穏やかなコミュニケーションを通じて、多様な参加者一人ひとりが安心して、そして主体的に貢献できる場を創り出してください。この記事でご紹介したポイントが、皆さまのワークショップ実践の一助となれば幸いです。実践を重ねるごとに、多様な参加者とのインタラクションから、新しい学びやファシリテーションの引き出しが増えていくことでしょう。