はじめてのデザイン思考ワークショップ オンラインワークショップで使うツールの選び方と実践活用法
はじめに:オンライン化時代のデザイン思考ワークショップ
近年、ワークショップをオンラインで実施する機会が増加しています。フリーランスの研修講師やコンサルタントの皆様にとって、オンライン環境下での効果的なワークショップ設計は、サービス提供の幅を広げる上で不可欠な要素となっています。
特にデザイン思考ワークショップにおいては、共感、定義、アイデア発想、プロトタイプ、テストといった各フェーズで、参加者間の活発なインタラクションやアウトプットの共有が求められます。これをオンラインで実現するためには、適切なツールの選定と効果的な活用が鍵となります。
この記事では、オンラインデザイン思考ワークショップをこれから企画・実施しようと考えている皆様に向けて、数あるオンラインツールの中からどのようにツールを選び、各フェーズでどのように活用すれば良いのか、具体的なノウハウを解説します。ツールの選定から実践的な活用方法までを理解することで、オンラインでも質の高いワークショップ提供が可能になります。
オンラインツール選定の基本的な考え方
デザイン思考ワークショップに適したオンラインツールを選ぶにあたり、考慮すべきいくつかの基本的な要素があります。これらの要素を踏まえることで、皆様の提供するワークショップの目的や参加者の状況に合わせた最適なツール構成を見つけることができます。
1. ワークショップの目的と内容
どのような課題を扱い、どのような成果を目指すワークショップなのかによって、必要なツールの機能は異なります。例えば、アイデア発想に重点を置く場合は、共同で付箋を貼ったり整理したりしやすいツールが必要です。プロトタイプ作成を含む場合は、図形描画や共有が容易なツール、あるいは外部ツールとの連携が可能なツールが有効です。
2. 参加者のITリテラシーと環境
参加者のITツールの利用経験や、使用できるデバイス(PC、タブレット、スマートフォン)、通信環境などを事前に確認することは非常に重要です。誰もがスムーズに利用できる、操作が直感的で分かりやすいツールを選ぶのが基本です。複雑な操作が必要なツールの場合、事前のチュートリアルやサポート体制を検討する必要があります。
3. 予算
無料ツールから高機能な有料ツールまで、様々な選択肢があります。提供するワークショップの規模や頻度、想定される収益などに基づき、予算内で最も効果的なツールを選びましょう。無料ツールでも基本的な機能は十分に備わっている場合が多く、小規模なワークショップや試行段階では有力な選択肢となります。
4. 必要な機能
デザイン思考の各フェーズで必要となる機能を洗い出します。 * 共同作業スペース: 複数の参加者が同時にアイデアを書き込んだり、整理したりできる共有ボード機能(オンラインホワイトボード)。 * コミュニケーション: 音声・ビデオ通話、チャット、画面共有機能。 * 資料共有: ドキュメント、画像、動画などを参加者間で共有する機能。 * 投票・意思決定支援: アイデアの絞り込みなどで使える投票機能や評価機能。 * 記録・エクスポート: ワークショップ中の議論やアウトプットを保存・共有できる機能。
これらの要素を考慮し、複数のツールを組み合わせて使用することも一般的です。
主要なオンラインツールの種類と特徴
デザイン思考ワークショップでよく利用されるオンラインツールは、いくつかの種類に分類できます。ここでは代表的なツールの種類と、それぞれの特徴や活用例を解説します。
1. オンラインホワイトボードツール
デザイン思考ワークショップの中心となるツールの一つです。物理的なホワイトボードや模造紙のように、付箋を貼ったり、図を描いたり、情報を整理したりする共同作業をオンライン上で行えます。
- 代表的なツール: Miro, Mural, FigJam (Figma), Jamboard (Google)
- 特徴:
- リアルタイムでの複数人共同編集が可能。
- 豊富なテンプレート(カスタマージャーニーマップ、リーンキャンバスなど)が用意されていることが多い。
- 付箋機能、図形描画機能、画像・動画埋め込み機能など、共同作業に必要な機能が揃っている。
- ボードの容量や機能に制限がある場合がある(無料プラン)。
- 活用例:
- 共感: ペルソナや共感マップの作成、オンラインインタビューでのインサイト整理。
- 定義: 問題提起(How Might We)の記述とグルーピング。
- アイデア発想: ブレスト、アフィニティマッピング(KJ法)。
- プロトタイプ: ラフスケッチや画面遷移図の作成、フィードバック収集。
- テスト: テスト結果の記録と整理。
2. ビデオ会議ツール
参加者間の音声・ビデオコミュニケーション、画面共有に必須のツールです。チームに分かれての議論(ブレイクアウトルーム)機能は、ワークショップにおいて非常に重要です。
- 代表的なツール: Zoom, Microsoft Teams, Google Meet, Webex
- 特徴:
- 高品質な音声・ビデオ通話。
- 画面共有機能による資料提示やツール操作画面の共有。
- ブレイクアウトルーム機能によるグループワーク。
- チャット機能、ファイル共有機能。
- 録画機能(後日の振り返りや参加できなかったメンバーへの共有に有用)。
- 活用例:
- ワークショップ全体の進行と説明。
- 参加者間のインタラクション、質疑応答。
- グループワーク実施(ブレイクアウトルーム)。
- ゲストスピーカーの招待。
3. 共同編集ドキュメント・スプレッドシートツール
テキスト情報や構造化された情報を複数人で同時に編集・共有する際に役立ちます。
- 代表的なツール: Google Docs, Google Sheets, Notion, Confluence
- 特徴:
- リアルタイムでの共同編集が可能。
- 変更履歴の管理が容易。
- 情報整理や議事録作成に適している。
- 活用例:
- 共感: オンラインインタビューの議事録作成、ペルソナの詳細記述。
- 定義: 課題定義ステートメントの共同作成。
- アイデア発想: アイデアの詳細記述、評価基準リスト作成。
- プロトタイプ: テキストベースのシナリオ作成、テスト計画表作成。
4. 簡易プロトタイピングツール
画面遷移や簡単なインタラクションを含むプロトタイプを作成し、共有・テストするために利用できます。専門的なツールよりも操作が簡単なものが、ワークショップ向けには適している場合があります。
- 代表的なツール: Figma (FigJam含む), Sketch (Macのみ), Adobe XD (有料) - ※ワークショップ用途ではFigma/FigJamが共同編集しやすく普及している傾向
- 特徴:
- UIデザインやインタラクションデザインが可能。
- 共有機能によりフィードバック収集が容易。
- 活用例:
- プロトタイプ: アプリやWebサイトの画面モックアップ、簡単な操作フローの作成。
- テスト: 作成したプロトタイプを使ったユーザテスト。
ワークショップフェーズ別 ツール活用実践例
デザイン思考の各フェーズで、前述のツールをどのように組み合わせ、活用できるのか、具体的な実践例をご紹介します。
1. 共感フェーズ
- 目的: ユーザーへの深い理解、インサイトの発見。
- 活用ツール:
- ビデオ会議ツール (Zoomなど): オンラインインタビュー、エスノグラフィ観察(画面共有や遠隔地での観察)。インタビュー内容の録画・共有。
- 共同編集ドキュメント (Google Docsなど): インタビューの議事録を複数人でリアルタイムで共同作成・整理。
- オンラインホワイトボード (Miroなど): インタビューや観察で得られたインサイトを付箋に書き出し、共感マップやペルソナとして視覚的に整理。
2. 定義フェーズ
- 目的: 発見したインサイトから解決すべき本質的な課題を特定・定義する。
- 活用ツール:
- オンラインホワイトボード (Miroなど): 共感フェーズで整理したインサイトをグルーピングし、共通するテーマや問題を発見。発見した問題から「How Might We (HMW: どのようにすれば~できるだろうか?)」の問いを生成し、共有ボードにリストアップ。
- 共同編集ドキュメント (Google Docsなど): 課題定義ステートメントや問題提起をより詳細に記述・共有。
3. アイデア発想フェーズ
- 目的: 定義された課題に対する多様な解決策を量産する。
- 活用ツール:
- オンラインホワイトボード (Miroなど): HMWの問いを基に、参加者全員でオンラインホワイトボード上に付箋形式でアイデアを書き出す(ブレインストーミング)。書き出されたアイデアをアフィニティマッピング(KJ法)で整理・分類。
- ビデオ会議ツール (Zoomなど): グループに分かれてブレイクアウトルームで集中的にアイデア発想を行う。
4. プロトタイプフェーズ
- 目的: アイデアを具体的な形にし、検証可能な状態にする。
- 活用ツール:
- オンラインホワイトボード (Miroなど): アイデアのコンセプトをイラストや図で表現。簡易的な画面遷移や操作フローを描画。
- 簡易プロトタイピングツール (Figma/FigJamなど): アプリやWebサイトのUIモックアップを作成。画面間の遷移を設定し、インタラクティブなプロトタイプを作成。
- 共同編集ドキュメント (Google Docsなど): サービスや体験のストーリーボードをテキストで作成。
5. テストフェーズ
- 目的: 作成したプロトタイプをユーザーに試してもらい、フィードバックを得る。
- 活用ツール:
- ビデオ会議ツール (Zoomなど): ユーザーテストの実施。ユーザーに画面共有してもらいながらプロトタイプを操作してもらう。テスト中のユーザーの反応や発言を観察・記録。
- 共同編集ドキュメント (Google Docsなど): テスト計画表やテスト結果の記録シートを共有・共同編集。
- オンラインホワイトボード (Miroなど): ユーザーからのフィードバックを収集・整理し、インサイトを抽出。
ツールを組み合わせたワークフローの設計
多くの場合、一つのツールだけでデザイン思考ワークショップの全フェーズをカバーするのは困難です。ビデオ会議ツールをベースに、オンラインホワイトボードツールを組み合わせるのが最も一般的な構成です。必要に応じて、共同編集ドキュメントや簡易プロトタイピングツールなどを追加します。
ワークフロー設計の際は、参加者がツール間をスムーズに移動できるよう、ツールの切り替えタイミングを明確に伝えることが重要です。また、各ツールの操作方法について、事前に簡単なレクチャーや操作に慣れる時間を設けることも有効です。
オンラインツール活用の際の注意点とファシリテーションのポイント
オンラインツールを効果的に活用するためには、いくつかの注意点があります。また、オンラインならではのファシリテーションの工夫も必要です。
- 参加者のITリテラシーへの配慮: 事前に使用ツールの案内、簡単なチュートリアル動画の提供、ワークショップ開始前の接続確認・操作説明時間を設けるなどの配慮をしましょう。
- 通信環境の確認: 参加者には安定した通信環境での参加をお願いし、可能な場合は有線LANでの接続を推奨します。
- ツールの事前準備: ワークショップで使用するボードやドキュメントは、事前にテンプレートを用意し、必要な情報を配置しておきます。参加者がすぐに作業に取り掛かれる状態にしておくことが大切です。
- ファシリテーターの習熟: ファシリテーター自身がツールを使いこなせることは大前提です。円滑な進行のために、ショートカットキーなども含め、十分に練習しておきましょう。
- オンラインでの発話促進: オンラインでは発言のタイミングが難しい場合があります。チャット機能を活用したり、指名して発言を促したり、全員に一言ずつ話してもらう時間を設けたりするなど、参加者全員が安心して発言できる雰囲気作りを意識しましょう。
- 非言語コミュニケーションの補完: オンラインでは対面時と比べて非言語情報が得にくいです。意図的にリアクションを大きめにとったり、画面共有をこまめに行ったりすることで、参加者の状況を把握し、場の一体感を維持するよう努めます。
まとめ:実践に向けて
オンラインでのデザイン思考ワークショップは、適切なツールの選定と効果的な活用によって、対面と同等、あるいはそれ以上の成果をもたらす可能性を秘めています。ツールの選定にあたっては、ワークショップの目的、参加者の状況、予算、必要な機能などを総合的に考慮することが重要です。
この記事でご紹介した主要なツールとその活用例を参考に、まずは小規模なワークショップや練習会で実際にツールを使ってみることをお勧めします。実践を通じてツールの特性や参加者の反応を掴み、皆様自身のワークショップスタイルを確立してください。オンラインツールの可能性を最大限に引き出し、質の高いデザイン思考ワークショップを提供していきましょう。