はじめてのデザイン思考ワークショップ アイデア収束フェーズを成功させる方法
デザイン思考ワークショップにおいて、アイデア発想(Ideation)フェーズは非常に重要です。参加者から多様で斬新なアイデアを多数引き出すことは、問題解決の可能性を広げる上で不可欠です。しかし、それらのアイデアをそのまま次のステップに進めるわけにはいきません。ワークショップの目的や制約に基づき、実現可能性やインパクトを考慮してアイデアを絞り込む、「アイデア収束(Convergence)」フェーズが不可欠となります。
このアイデア収束は、参加者にとっては自分たちのアイデアが選ばれるかどうかの緊張感を伴い、ファシリテーターにとっては参加者の意見を尊重しつつ、建設的に合意形成を促す手腕が問われる難しい局面でもあります。特にデザイン思考ワークショップの経験が少ない方にとって、多数のアイデアを効果的に、そして円滑に絞り込む方法に迷うことは少なくありません。
この記事では、デザイン思考ワークショップにおけるアイデア収束フェーズの目的と、初心者の方でも実践しやすい具体的な収束手法をいくつかご紹介します。さらに、参加者の合意形成を促し、ポジティブな雰囲気でこのフェーズを乗り切るためのファシリテーションのポイントについても解説します。
アイデア収束フェーズの目的と重要性
アイデア収束フェーズの主な目的は以下の通りです。
- 次のアクションにつながるアイデアを選定する: すべてのアイデアを検証することは現実的ではありません。リソース(時間、予算、人員など)の制約の中で、最も可能性のあるアイデア、または検証すべき価値の高いアイデアに焦点を絞ります。
- 参加者間の共通認識と合意形成を図る: 参加者が自らの手でアイデアを評価し、選定プロセスに関わることで、選ばれたアイデアに対する納得感やコミットメントが高まります。これは、その後のプロトタイピングやテストフェーズへのモチベーション維持にも繋がります。
- 曖昧なアイデアを具体化・明確化する: 収束プロセスの中で、断片的だったアイデアを組み合わせたり、不足している要素を補ったりすることで、アイデアの輪郭をより明確にすることができます。
このフェーズがうまくいかないと、せっかく良いアイデアが出ても埋もれてしまったり、参加者の不満やモチベーション低下を招いたりする可能性があります。効果的なアイデア収束は、ワークショップ全体の成功に直結すると言えます。
効果的なアイデア収束のための具体的な手法
アイデア収束には様々な手法がありますが、ここではワークショップの参加者規模や時間に応じて使い分けられる、代表的な手法をいくつかご紹介します。
1. ドット投票(Dot Voting)
- 概要: 各参加者に持ち点(ドットシールやマーカーでの点など)を与え、最も良いと思うアイデアに投票してもらう手法です。投票数の多いアイデアが優先的に検討対象となります。
- 進め方:
- アイデア発想フェーズで生まれたアイデア(付箋などに書かれたもの)をすべて壁やホワイトボードに貼り出します。
- 各参加者に、例えばアイデア数に応じて5点など、同じ持ち点を与えます。
- 参加者は持ち点を使い、自分が最も良いと思うアイデアに投票します。複数のアイデアに投票しても構いませんが、一つのアイデアにすべての点を投じることも可能です。
- 投票が終わったら、点の数を集計します。
- 上位のアイデアについて、なぜ票が集まったのか、参加者間で簡単に共有し、理解を深めます。
- メリット: シンプルで分かりやすく、短時間で多くのアイデアの中から人気のあるものを特定できます。参加者の直感的な評価を反映しやすいです。
- デメリット: 投票数の多いアイデアが必ずしも質が高いとは限りません。また、場の雰囲気に流されやすい側面もあります。
- 活用シーン: 多くのアイデアを素早くスクリーニングしたい場合や、参加者の関心が高いアイデアを知りたい場合に適しています。
2. アイデアクラスタリング(Idea Clustering)
- 概要: 類似したアイデアや関連性の高いアイデアをグループ化する手法です。これにより、アイデア全体の傾向を把握したり、複数のアイデアを組み合わせて発展させたりすることができます。
- 進め方:
- すべてのアイデアを貼り出します。
- 参加者全員で、または少人数のグループに分かれて、「似ているアイデア」「同じテーマに関わるアイデア」などを基準に付箋を動かし、物理的にグループを作っていきます。
- 各クラスター(グループ)に、内容を表す見出しやテーマ名を付けます。
- グループ化されたアイデア全体を俯瞰し、重要なクラスターや、その中からさらに深掘りすべきアイデアを選定します。
- メリット: 個別のアイデアだけでなく、アイデア全体の構造や傾向を理解するのに役立ちます。異なるアイデアの組み合わせによる新たな発見が生まれることもあります。
- デメリット: グループ分けの基準が曖昧だと混乱を招く可能性があります。ある程度の時間が必要です。
- 活用シーン: アイデア数が非常に多い場合や、アイデア間の関連性を理解し、構造的に整理したい場合に有効です。
3. コンセプトポスター/シート
- 概要: 投票等で選ばれた上位アイデアや、重要なクラスターから選ばれたアイデアについて、より具体的に内容を記述するワークシート(ポスター形式でも可)を作成する手法です。「どんなアイデアか?」「誰のためのアイデアか?」「どんな課題を解決するか?」「実現するためには何が必要か?」といった項目を埋めていきます。
- 進め方:
- ドット投票やクラスタリング等で絞り込まれた少数のアイデアを選びます。
- アイデアごとに、事前に用意したコンセプトポスター/シートに内容を具体的に書き込んでいきます(少人数グループで担当すると効果的です)。
- 完成したコンセプトポスター/シートを発表・共有し、相互にフィードバックを行います。
- フィードバックを踏まえ、さらに深掘りするアイデアや、プロトタイピングに進めるアイデアを最終決定します。
- メリット: アイデアの具体化と解像度を高めることができます。参加者間のアイデアへの理解を深め、共通認識を作りやすいです。フィードバックを通じてアイデアを洗練させることができます。
- デメリット: 時間と労力がかかります。事前にシートの項目を明確に設定する必要があります。
- 活用シーン: ある程度アイデアが絞られた段階で、さらに具体的な内容を詰め、実現可能性やインパクトを詳細に評価したい場合に適しています。
4. インパクト・エフォートマトリクス(Impact-Effort Matrix)
- 概要: 縦軸に「期待されるインパクト(効果)」、横軸に「実現にかかる労力(コストや難易度)」をとり、アイデアをマッピングする手法です。これにより、優先順位を視覚的に判断しやすくなります。
- 進め方:
- 絞り込みたいアイデアリストを作成します。
- ホワイトボードなどに縦軸「インパクト(高←→低)」、横軸「労力(低←→高)」の2軸でマトリクスを書きます。
- 参加者全員で、またはグループごとに、各アイデアをマトリクス上の適切な位置に配置していきます。
- 特に「高インパクト」かつ「低労力」の右上に位置するアイデア(Quick Wins)に注目し、優先的に検討します。
- メリット: アイデアを客観的な2つの基準で評価・比較できます。視覚的に優先順位を理解しやすいです。
- デメリット: インパクトや労力の評価基準が曖昧になりがちです。参加者間で評価が割れる可能性があります。
- 活用シーン: 実現可能性を考慮してアイデアの優先順位をつけたい場合や、リソース配分を検討する初期段階に有効です。
ファシリテーションのポイント
アイデア収束フェーズを円滑に進めるためには、ファシリテーターの適切な介入が不可欠です。
- 目的とルールの明確化: 収束を始める前に、なぜアイデアを絞るのか、どのような基準で評価するのか、どのようなプロセスで進めるのかを明確に伝え、参加者の共通理解を得ます。特に評価基準(例:ユーザーにとっての価値、実現可能性、ビジネスへのインパクトなど)は事前に設定しておくことが望ましいです。
- 参加者の意見を尊重する雰囲気作り: すべてのアイデアは価値ある貢献であることを伝え、選ばれなかったアイデアも決して無駄ではないことを強調します。批判的な意見ではなく、建設的なフィードバックや発展的な議論を促します。
- プロセスの透明性: 投票結果や評価の理由などを参加者全員が確認できるようにします。なぜそのアイデアが選ばれたのか、あるいは見送られたのかの理由を可能な限り共有します。
- 膠着状態の打開: 意見が割れたり、特定のアイデアへの批判が集中したりした場合は、一度議論を中断し、立ち戻って目的や評価基準を再確認したり、別の角度からアイデアを見直したりすることを提案します。必要に応じて、少人数のグループに分かれて再検討する時間を設けることも有効です。
- タイムマネジメント: 各手法の実施時間や議論の時間を明確に設定し、時間内に収まるようにペースを管理します。議論が発散しすぎたり、特定のアイデアに固執しすぎたりしないように注意します。
- 次のステップへの接続: 選ばれたアイデアがどのように次のプロトタイピングやテストフェーズに繋がるのかを明確に示し、参加者の関心を維持します。
オンラインワークショップでの収束手法
オンライン環境でも、これらの収束手法はツールを活用することで実施可能です。
- ドット投票: Miro、Muralなどのオンラインホワイトボードツールでは、仮想のドットシール機能が提供されています。Zoomなどの投票機能(Poll)を活用する方法もあります。
- アイデアクラスタリング: オンラインホワイトボード上で、参加者が仮想付箋をドラッグ&ドロップしてグループ化できます。
- コンセプトシート: Google Docs、Miro、Muralなどの共有ドキュメントやホワイトボードツールで、事前にシートのテンプレートを作成し、参加者に直接入力してもらいます。
- インパクト・エフォートマトリクス: オンラインホワイトボード上にマトリクスを描き、仮想付箋を配置していきます。
オンラインでは物理的な場の共有が難しいため、特に画面共有を効果的に活用し、全員が同じ情報を見ながら議論できるようにファシリテートすることが重要です。
まとめ
デザイン思考ワークショップにおけるアイデア収束フェーズは、単にアイデアを減らすだけでなく、その後のプロトタイピングやテストフェーズを成功させるための重要な準備段階です。ドット投票、アイデアクラスタリング、コンセプトポスター、インパクト・エフォートマトリクスといった具体的な手法は、それぞれの目的に応じて使い分けることができます。
これらの手法を効果的に活用するためには、ファシリテーターが目的とルールを明確に伝え、参加者の意見を尊重しつつ、建設的な合意形成を促す手腕が求められます。オンライン環境でも、適切なツールとファシリテーションによって、円滑な収束を実現することは可能です。
ぜひ、これらの手法とポイントを参考に、皆さんのデザイン思考ワークショップで、参加者と共に価値あるアイデアを選び出し、次のステップへと繋げてください。実践を重ねることで、より自信を持ってこの重要なフェーズをファシリテートできるようになるでしょう。