デザイン思考ワークショップを成功に導く効果的な「問い」の立て方:各フェーズでの実践ガイド
デザイン思考ワークショップを企画・運営されるフリーランスの研修講師やコンサルタントの皆様へ。ワークショップの成果は、設定する「問い」の質に大きく左右されることをご存知でしょうか。参加者の思考を活性化し、深い洞察や創造的なアイデアを引き出すためには、各フェーズの目的に沿った適切な問いを立てることが不可欠です。
この実践ガイドでは、デザイン思考の各フェーズにおいて、どのような意図で、どのような種類の問いを立てるべきか、具体的な例を交えて解説します。これからデザイン思考ワークショップを始める方や、ワークショップの質を高めたいと考えている方にとって、実践的なヒントとなることを目指します。
なぜデザイン思考ワークショップで「問い」が重要なのか
デザイン思考は、「共感」「定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」という5つのフェーズを経て、ユーザー中心のアプローチで課題解決や新しい価値創造を目指す手法です。それぞれのフェーズは、特定の目的を持っており、その目的達成のために参加者の思考や行動を特定の方向に導く必要があります。
ここで重要な役割を果たすのが「問い」です。適切な問いは、参加者の意識を特定の側面に向けさせ、既成概念にとらわれない発想を促し、議論を深め、次のステップへとスムーズに移行させるための羅針盤となります。逆に、曖昧な問いや不適切な問いは、参加者を混乱させたり、表面的な議論に終始させたりする原因となり得ます。
特にワークショップ形式では、限られた時間の中で最大限の成果を引き出すために、意図を持って問いを設計することが成功の鍵となります。
各フェーズにおける問いの立て方と具体例
デザイン思考の各フェーズの目的を踏まえ、効果的な問いの立て方と具体例を見ていきましょう。
共感(Empathize)フェーズ:観察と傾聴を深める問い
このフェーズの目的は、対象となるユーザーや顧客を深く理解し、彼らのニーズ、課題、感情、行動の背景にある理由を探ることです。ここでは、ユーザーへのインタビューや観察を通して、共感のための情報を収集します。
- 問いの目的: ユーザーの真の姿を引き出し、表面的な発言の裏にあるインサイトを探る。
- 問いの例:
- 「〇〇の経験について、具体的にどのような点が印象に残っていますか」
- 「△△な時、あなたはどのように感じますか。それはなぜですか」
- 「もし◇◇ができるとしたら、あなたの生活はどのように変わると思いますか」
- 「その行動の背景には、どのような考えや感情がありますか」
- ポイント: 事実だけでなく、感情や背景、価値観に焦点を当てる問いを意識します。「なぜ」や「どのように」といったオープンクエスチョンを活用し、ユーザーが自由に語れる雰囲気を作ります。
定義(Define)フェーズ:問題の本質を捉える問い
共感フェーズで収集した情報を整理・分析し、ユーザーの真の課題やニーズを明確に定義するフェーズです。ここで設定する問題定義(POV: Point of View)は、以降のアイデア発想の方向性を決定づける重要な要素となります。
- 問いの目的: 収集した断片的な情報からパターンを見つけ出し、ユーザーのインサイトに基づいた、行動を喚起する問題定義を導き出す。
- 問いの例:
- 「ユーザー〇〇(ペルソナ)は、△△な状況で、なぜ◇◇と感じる(ニーズ)のでしょうか」
- 「私たちが解決すべき、ユーザーの最も重要な課題は何でしょうか」
- 「収集したインサイトの中で、最も驚きや発見があった点は何ですか。それは何を意味するでしょうか」
- 「この課題を解決することで、ユーザーの生活はどのように改善されるでしょうか」
- ポイント: 「ユーザーは〇〇(ニーズ)を必要としている、なぜなら△△(インサイト)だからです」のようなPOV形式を念頭に置きつつ、そこに至るための分析や議論を促す問いを立てます。収集した情報から「なぜ」を繰り返し問い、本質的なニーズに迫ります。
アイデア発想(Ideate)フェーズ:創造性を刺激する問い
定義された問題に対して、固定観念にとらわれずに多様な解決策やアイデアを生み出すフェーズです。「量より質」を重視し、できるだけ多くの可能性を探ります。
- 問いの目的: 定義された問題に対し、多様で革新的なアイデアを自由に発想させる。
- 問いの例(HMW: How Might We / どうすれば私たちは~できるか):
- 「どうすれば私たちは、〇〇(ユーザー)が△△(ニーズ)を◇◇(インサイト)な形で満たせるようになるでしょうか」
- 「どうすれば、ユーザーが感じる『不便さ』を、全く新しい体験に変えられるでしょうか」
- 「もし時間やコストの制約が一切なかったら、どのような解決策が考えられるでしょうか」
- 「この課題を解決するために、異分野の手法から何を学べるでしょうか」
- ポイント: HMW(どうすれば私たちは~できるか)の形式は、行動を促し、協調的な発想を促す効果的な問いのフレームワークです。可能性を限定せず、「もし~だったら」といった仮定の問いや、「逆転の発想」を促す問いも有効です。
プロトタイプ(Prototype)フェーズ:具体的な形にするための問い
アイデアを具体的な形(プロトタイプ)に落とし込み、検証可能な状態にするフェーズです。思考を形にすることで、アイデアの曖昧さをなくし、フィードバックを得やすくします。
- 問いの目的: アイデアの核となる要素を抽出し、検証可能な最小限の形にするための思考を促す。
- 問いの例:
- 「このアイデアの最も重要な機能は何でしょうか。それをどう表現できますか」
- 「ユーザーはプロトタイプのどの部分に触れ、どのような体験をするでしょうか」
- 「このプロトタイプで、私たちはアイデアのどの部分を検証したいのでしょうか」
- 「最小限の労力で、アイデアの価値を伝えられる最も簡単な方法はなんでしょうか」
- ポイント: 形にすることを意識させ、「何を作るか」「なぜそれを作るか」「何を学ぶか」を明確にする問いを立てます。完璧を目指すのではなく、「ユーザーにとって価値があるか」「技術的に実現可能か」「ビジネスとして成り立つか」といった視点で、アイデアの核を問います。
テスト(Test)フェーズ:検証と改善を促す問い
作成したプロトタイプを実際のユーザーに使ってもらい、フィードバックを得るフェーズです。テストの結果を基に、アイデアやプロトタイプ、そして最初に定義した問題定義自体を見直します。
- 問いの目的: ユーザーのプロトタイプに対する率直な反応や行動を引き出し、改善のための具体的な示唆を得る。
- 問いの例:
- 「このプロトタイプを使ってみて、最初にどのように感じましたか」
- 「〇〇する際に、何か戸惑った点はありますか。それはなぜでしょうか」
- 「このプロトタイプは、あなたの△△(課題)を解決できそうですか。具体的にどのような点が良さそう/難しそうですか」
- 「もし次にこのプロトタイプを改善するとしたら、どのような点に期待しますか」
- ポイント: プロトタイプに対する「好き/嫌い」だけでなく、具体的な行動や感情、その理由を深掘りする問いが重要です。ユーザーの「語る言葉」「行動」「感情」の間のギャップに注目し、真のインサイトを探ります。
効果的な問いを立てるためのヒント
フェーズごとの問いに加え、効果的な問いを設計するための一般的なヒントをいくつかご紹介します。
- オープンクエスチョンの活用: 「はい」「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンだけでなく、「どのように」「なぜ」「具体的に」「他にありますか」といったオープンクエスチョンを積極的に使用し、参加者の自由な発想や詳細な説明を引き出します。
- 参加者の視点に立つ: 問いを立てる際は、常にワークショップの参加者(そして彼らが考えるユーザー)の立場や知識レベルを考慮します。専門用語は避け、誰にでも理解できる平易な言葉を選びます。
- 具体的かつシンプルに: 曖昧な問いは、参加者の思考を拡散させてしまいます。何について考えてほしいのか、どのような情報を求めているのかを明確に伝える、具体的でシンプルな問いを心がけます。一度に複数のことを問わないように注意します。
- 中立性を保つ: 問い自体に特定の方向への誘導や、回答に対する評価が含まれないようにします。「~すべきだと思いませんか」といった問いは、参加者の自由な発言を妨げる可能性があります。
ワークショップ中に問いを扱う際のファシリテーションのポイント
設計した問いをワークショップ中に最大限に活かすためには、ファシリテーションも重要です。
- 問いを明確に提示する: 参加者に問いを提示する際は、その問いの意図(なぜこの問いについて考えるのか)や、この問いへの回答が次のステップにどうつながるのかを説明すると、参加者は目的意識を持って思考に取り組めます。
- 考える時間を与える: 問いを投げかけた後には、参加者が一人で考えたり、グループで話し合ったりするための十分な時間を与えます。すぐに答えを求めず、沈黙を恐れないことも大切です。
- 多様な意見を歓迎する雰囲気作り: どんなアイデアや意見も歓迎される、安全な場であることを強調します。問いへの回答に対して否定的な反応をせず、まずは受け止める姿勢を示します。
- 問いから次のステップへの移行を促す: 出てきた回答やアイデアをどのように整理し、次の問いやフェーズに進むのかを明確に示します。参加者が「なぜこの問いに答えたのか」を理解できるようにします。
まとめ
デザイン思考ワークショップの成功は、各フェーズで投げかける「問い」の質にかかっています。共感からテストまで、それぞれの目的に合わせた効果的な問いを設計し、参加者の思考と創造性を最大限に引き出すことが、ワークショップの成果を高める鍵となります。
今回ご紹介した問いの立て方やヒントは、あくまで一般的な枠組みです。実際のワークショップでは、参加者の背景、時間、扱うテーマに応じて問いを柔軟に調整することが求められます。試行錯誤を重ねながら、ご自身のワークショップに最適な「問い」を見つけ出し、参加者にとって忘れられない価値ある体験を提供してください。
このガイドが、皆様のデザイン思考ワークショップ設計の一助となれば幸いです。