はじめてのデザイン思考ワークショップ 参加者レベル別 設計ガイド
フリーランスの研修講師やコンサルタントとして、デザイン思考ワークショップを提供される際、参加者のデザイン思考に関する知識レベルは毎回異なると考えられます。初めてデザイン思考に触れる方もいれば、基本的な概念は知っている方、あるいは実践経験がある方もいるかもしれません。参加者のレベルに合わせた設計は、ワークショップの効果を最大化し、満足度を高めるために非常に重要です。
この記事では、参加者の知識レベルに応じたデザイン思考ワークショップの設計方法について、具体的なポイントを解説します。
なぜ参加者レベルに合わせた設計が必要なのか
デザイン思考ワークショップの目的は、参加者がデザイン思考の考え方やプロセスを理解し、実践できるようになることです。しかし、参加者の予備知識や経験がバラバラだと、以下のような課題が生じる可能性があります。
- レベルが低い参加者: 専門用語が理解できず、ワークについていけない。デザイン思考の概念を十分に掴めないまま終わってしまう。
- レベルが高い参加者: 知っている話が多く、退屈してしまう。表面的な理解に留まり、新たな学びが得られない。
- 全体: 参加者間で理解度にばらつきが生じ、ワークの進行やグループ内の議論が非効率になる。
これらの課題を避け、すべての参加者にとって有益な時間とするためには、対象者の知識レベルを事前に把握し、それに合わせた設計を行うことが不可欠です。
参加者レベルの分類と特徴
ワークショップ設計を考える上で、参加者のデザイン思考知識レベルをいくつかのカテゴリに分類すると考えやすくなります。ここでは一般的な3つのレベルを想定します。
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デザイン思考初心者(入門レベル)
- デザイン思考という言葉を聞いたことがある程度、あるいは全く知らない。
- 関連する専門用語(例: 共感、定義、アイデア発想、プロトタイプ、テスト)を知らない、あるいは曖昧な理解。
- 創造的な問題解決プロセスに不慣れな場合がある。
- 実践経験は全くない。
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デザイン思考経験者(基礎理解レベル)
- デザイン思考の基本的な5ステップ(共感、定義、アイデア発想、プロトタイプ、テスト)や主要な概念を理解している。
- いくつかのツール(例: ペルソナ、ジャーニーマップ、ブレインストーミング)を知っている、あるいは使ったことがある。
- 過去に簡単なワークショップに参加した経験があるかもしれない。
- 自身で一連のプロセスを主導する経験は少ない。
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デザイン思考実践者(応用・実践レベル)
- デザイン思考のプロセス全体を理解し、ビジネスシーン等での適用経験がある。
- 多様なツールや手法(例: ステークホルダーマップ、価値提案キャンバス、ユーザーインタビューの深い手法)に詳しい。
- 失敗や成功の経験を持ち、プロセスの応用や調整ができる。
- ファシリテーションや他者への説明も可能な場合がある。
実際のワークショップでは、これらのレベルが混在することも多いですが、主たる層がどのレベルに該当するか、あるいは最も対応が必要な層は誰かを事前に把握することが重要です。
レベル別の設計ポイントと工夫
参加者のレベルに応じて、ワークショップの設計において特に注意すべき点が変わってきます。
1. デザイン思考初心者(入門レベル)向けの設計
デザイン思考の基本を「体験」を通じて理解してもらうことに重点を置きます。
- 時間配分: 各ステップの解説に時間をかけ、特にデザイン思考のユニークな点(共感の重要性、失敗からの学びなど)を丁寧に説明します。ワークの時間も、手順の説明やグループ内での認識合わせに余裕を持たせます。
- 専門用語: 極力避け、平易な言葉で説明します。使用する際は、必ず具体的な例や比喩を用いて補足します。専門用語リストを事前に配布するのも有効です。
- インプット: デザイン思考の背景、なぜ今これが重要なのかといった基本的な話を、具体的な成功事例などを交えて行います。座学的な要素も、参加者の集中力が続く範囲で取り入れます。
- ワーク内容:
- シンプルで分かりやすいフレームワークを選びます。複雑なツールよりも、基本的なステップを順番に体験できるワークが適しています。
- 共感フェーズでは、短いインタビューや観察体験など、実際に「人」に触れる機会を設けると理解が深まります。
- アイデア発想は、自由な発想を促すブレインストーミングなど、心理的安全性が高い手法を中心に実施します。
- プロトタイピングは、物理的なモックアップ作成など、手を動かす簡単な作業から始めます。紙とペン、付箋、身近な物など、特別なツールが不要なものが良いでしょう。
- ファシリテーション: 各ステップの目的、次のアクションを明確に指示します。グループワークでは、参加者一人ひとりが発言できるような声かけや、詰まっているグループへの手厚いサポートが必要です。
- 成果物: 各ステップで何ができればOKなのか、明確な基準を示します。完成度よりも、プロセスを経て形になったという体験を重視します。
2. デザイン思考経験者(基礎理解レベル)向けの設計
基本的な知識があることを前提に、より深い理解や実践的なスキル習得を目指します。
- 時間配分: 基本概念の説明は簡潔にし、ワークの実践時間を多く確保します。各ステップ間の移行もスムーズに行えるよう促します。
- 専門用語: 基本的な用語は説明なしで使用しますが、応用的な手法や概念については必要に応じて補足します。
- インプット: 基本の振り返りに加え、異なるフレームワークの紹介や、特定のステップ(例: 定義フェーズでのインサイト発見、テストフェーズでの効果的なフィードバック収集)を深掘りする内容を盛り込みます。
- ワーク内容:
- 基本的なフレームワークに加え、少し複雑なツール(例: バリュープロポジションキャンバス、より構造的なインタビュー設計)を取り入れても良いでしょう。
- 共感フェーズでは、提供された情報からのインサイト抽出など、分析的な要素を加えます。
- アイデア発想は、SCAMPERやマンダラートなど、構造化された発想手法も紹介し、試してもらいます。
- プロトタイピングは、簡易的なデジタルプロトタイプやストーリーボードなど、表現方法の幅を広げます。
- テストフェーズでのユーザーへの問いかけ方など、実践的なスキルに焦点を当てます。
- ファシリテーション: 参加者同士の学び合いや、より深い議論を促します。講師は一方的に教えるだけでなく、参加者の気づきを引き出すコーチング的な役割も担います。
- 成果物: プロセスを辿った結果に加え、なぜその結論に至ったのか、どのような学びがあったのかといった、思考のプロセスやインサイトを言語化することを求めます。
3. デザイン思考実践者(応用・実践レベル)向けの設計
既存知識の確認よりも、新たな視点の獲得、特定スキル(例: 複雑な課題への適用、組織導入、メソドロジー選択)の向上、あるいは講師自身の壁打ちやネットワーキングに価値を見出す層です。
- 時間配分: 座学は最小限にし、特定のテーマに関する深い議論や、参加者自身の具体的な課題に対するデザイン思考の適用検討に多くの時間を割きます。
- 専門用語: 問題なく使用できます。最先端の手法や議論されているトピックにも触れます。
- インプット: 特定の応用事例、難易度の高い課題へのアプローチ方法、デザイン思考の限界と代替手段、他の手法との組み合わせなど、高度な内容に焦点を当てます。外部ゲストを招いた講演なども有効です。
- ワーク内容:
- 参加者自身の実際の課題を持ち寄り、デザイン思考のレンズを通して解決策を探る実践的なワーク。
- 特定のステップに特化した(例: 難しいステークホルダーへの共感、不確実性の高い状況でのプロトタイピング)高度なワーク。
- 異なるデザイン思考のアプローチ(例: デザインスプリント、サービスデザイン)の比較検討や体験。
- ファシリテーション: 参加者主導での議論を促し、講師は議論の方向性をガイドしたり、専門的な知見を提供したりする役割が中心となります。参加者間のネットワーキングを促進します。
- 成果物: 特定の課題に対する実行可能な計画、新たな知見、他の参加者とのつながり、自己課題への深い洞察などが期待されます。
レベル混合の場合の対応
実際のワークショップでは、必ずしも参加者のレベルが均一であるとは限りません。レベル混合の場合、以下の点を考慮すると良いでしょう。
- 事前のレベル把握: 可能な範囲で、参加申込時などにデザイン思考の経験について簡単なアンケートを実施します。
- 目標設定: 最低限達成してほしい基礎レベルの目標と、経験者にとっての発展的な目標を設定します。
- グループ分け: 意図的にレベルを混ぜたグループにするか、あるいは同程度のレベルでグループを作るか、ワークショップの目的に応じて判断します。レベルを混ぜる場合は、経験者が初心者をサポートする構造を作ることが有効です。
- 導入: 全員が基本的な流れを理解できるよう、丁寧かつ簡潔な導入を行います。経験者向けには、「基本的な内容ですが、改めて立ち返ることで新たな発見があるかもしれません」といった伝え方をします。
- ワーク中のサポート: 初心者のグループには手厚いサポートを行い、経験者のグループにはより深い問いかけや、自走を促す声かけを行います。
- 発展的な問い: 各ワークの最後に、経験者向けに「もし時間がもっとあったら、どのように深掘りしますか」「この手法の限界は何だと思いますか」といった発展的な問いを投げかけます。
- 成果発表・共有: 各グループの発表後、レベルに関わらず全員からのフィードバックや質問を促し、学びを共有できる場を設けます。
まとめ
デザイン思考ワークショップの成功は、参加者がどれだけ主体的に取り組み、新たな学びを得られるかにかかっています。そのためには、参加者の現在の知識レベルを理解し、それに最適化されたワークショップを設計することが出発点となります。
この記事で解説したレベル別の設計ポイントや工夫は、あくまで一般的なガイドラインです。実際の企画においては、クライアントの要望、参加者の人数、開催時間、予算など、他の要素も考慮に入れる必要があります。しかし、参加者のレベルという視点を持つことで、よりターゲットに響く、実践的で価値の高いワークショップを企画・実行できるようになるでしょう。
ぜひ、今回の内容を参考に、次にあなたが手掛けるデザイン思考ワークショップの設計をより洗練させてみてください。