はじめてのデザイン思考ワークショップ フェーズ間のスムーズなつなぎ方:成果を引き継ぎワークショップ効果を最大化する方法
はじめに
デザイン思考ワークショップは、共感、定義、アイデア発想、プロトタイプ、テストという一連のフェーズを通じて、参加者がユーザー中心の課題解決に取り組む実践的な手法です。各フェーズはそれぞれ重要な役割を果たしますが、それらは独立した活動ではなく、相互に関連し、前のフェーズでの発見や成果が次のフェーズの出発点となります。
フリーランスの研修講師やコンサルタントとして、デザイン思考ワークショップの企画・運営を担う際、各フェーズごとのアクティビティ設計に加えて、フェーズ間をいかにスムーズにつなぎ、前のフェーズで得たインサイトやアイデアを次のフェーズに適切に引き継ぐかが、ワークショップ全体の成功と成果最大化の鍵となります。
フェーズ間の連携がうまくいかないと、参加者がワークショップのストーリーを見失ったり、前のフェーズの重要な気づきが活かされずに終わってしまったりする可能性があります。本記事では、デザイン思考ワークショップにおけるフェーズ間の効果的なつなぎ方と、それぞれの移行期に焦点を当てて、実践的なノウハウを提供いたします。
なぜフェーズ間の「つなぎ方」が重要なのか
デザイン思考ワークショップの各フェーズは、ユーザーへの共感から始まり、課題定義、アイデア創出、形にして検証するという、一連の探求と創造のサイクルを形成しています。このサイクルを円滑に進めるためには、フェーズ間での「バトンパス」が重要です。
もしフェーズ間の連携が不十分だと、以下のような課題が生じやすくなります。
- 成果物の遊離: 前のフェーズで一生懸命取り組んで得た成果物(例:インサイト、アイデア)が、次のフェーズで参照されず、置いてきぼりになってしまう。
- ストーリーの断絶: 参加者が今なぜこのフェーズに取り組んでいるのか、それがこれまでの活動とどう繋がっているのかが理解できず、ワークショップ全体の流れを見失う。
- 議論の迷走: 定義された課題から離れたアイデアが出たり、テストしたい仮説が曖昧になったりするなど、次のフェーズでの活動の焦点がブレる。
- モチベーションの低下: 前のフェーズでの努力が次に繋がっている実感がないと、参加者のエンゲージメントや主体性が低下する可能性があります。
これらの課題を回避し、ワークショップの効果を最大化するためには、各フェーズの終わりと始まりを意識し、意識的に「つなぐ」ための設計とファシリテーションが必要となります。
各フェーズ間の具体的な「つなぎ方」実践ガイド
ここでは、デザイン思考の一般的な5つのフェーズにおける、実践的な移行方法とポイントを解説します。
1. 共感フェーズから定義フェーズへ
共感フェーズでは、ユーザーへのインタビューや観察を通じて、彼らの隠れたニーズやインサイトを発見することを目指します。定義フェーズでは、共感フェーズで得た情報から、解決すべき本質的な課題を明確にします。
つなぎ方のポイント:
- 共感データの整理と共有:
- 共感フェーズで収集したデータ(インタビュー記録、観察メモ、写真、ジャーニーマップ、ペルソナなど)をチーム全体で見える形で共有します。ホワイトボードやオンラインツール上で、情報の断片を貼り出し、KJ法やアフィニティダイアグラムなどの手法でグルーピングすると効果的です。
- 重要な引用や、心に響いたストーリーをハイライトし、参加者がいつでも参照できるようにしておきます。
- インサイトの抽出:
- 整理されたデータの中から、ユーザーの行動の裏にある感情や動機、満たされていないニーズといった「インサイト」を抽出する時間を設けます。「〇〇は、△△な状況で、なぜなら□□だから、〜〜だと感じている」のようなフォーマットで記述すると、本質が見えやすくなります。
- 課題(HMW問い)の作成:
- 抽出されたインサイトに基づき、「私たちはどうすれば(How Might We: HMW)〇〇できるか?」という形の問いを作成します。この問いは、アイデア発想の出発点となる重要なマイルストーンです。
- いくつかのインサイトから複数のHMW問いを作成し、チームで議論して最も重要な問いを選定します。
- 移行時のファシリテーション:
- 共感フェーズでの学びが、どのように次の課題定義につながるのかを明確に説明します。
- 共感フェーズでの印象的なエピソードを共有し、参加者の共感した気持ちを改めて呼び起こします。
- 「これまでのユーザーへの共感から見えてきたことから、私たちが本当に解決すべき課題は何でしょうか?」といった問いかけで、議論を定義へと誘導します。
2. 定義フェーズからアイデア発想フェーズへ
定義フェーズで設定した具体的な課題(HMW問い)を基に、アイデア発想フェーズでは多様で斬新な解決策を生み出すことを目指します。
つなぎ方のポイント:
- 課題の再確認と共有:
- アイデア発想に入る前に、定義フェーズで設定したHMW問いを参加者全員で改めて確認します。ホワイトボードやスライドなど、全員から見える場所に表示しておきます。
- なぜこの問いが重要なのか、共感フェーズでの学びとどう繋がっているのかを簡潔に振り返ります。
- 発想のための準備:
- アイデア発想のルール(批判しない、量より質、ワイルドなアイデアも歓迎など)を再確認し、参加者が安心して発想できる場を作ります。
- 必要に応じて、共感フェーズや定義フェーズで得られたインサイトやペルソナを再度参照し、ユーザーの視点に立ち戻るよう促します。
- HMW問いからのブレイクダウン:
- 設定したHMW問いをそのまま使うだけでなく、問いを異なる角度から捉え直したり、要素を分解したりすることで、多様なアイデアの切り口を見つけるための準備をします。
- 移行時のファシリテーション:
- 「これまでのユーザーへの理解と、そこから生まれた問い(課題)を胸に、次は自由な発想で解決策を生み出していきましょう」と、これまでの流れを踏まえて次のステップへと自然に誘導します。
- HMW問いを見ながら、「この問いに答えるには、どんな方法が考えられるでしょうか?」「ユーザーの〇〇というインサイトに応えるには?」といった具体的な発想を促す問いかけを行います。
3. アイデア発想フェーズからアイデア収束フェーズへ
アイデア発想フェーズで数多くのアイデアが出た後、アイデア収束フェーズでは、それらを整理し、次のプロトタイピングに進むべき有望なアイデアを選び出します。
つなぎ方のポイント:
- アイデアの可視化と共有:
- 出されたすべてのアイデアを、ポストイットやオンラインツール上で一箇所に集め、全員から見えるようにします。
- 似たアイデアをグルーピングしたり、テーマごとに分類したりして、アイデア全体像を把握しやすくします。
- 評価基準の設定と共有:
- アイデアを評価・選定するための基準(例:ユーザーにとっての価値、実現可能性、新規性、ビジネスインパクトなど)を事前に設定しておくか、参加者と共に設定します。
- 評価基準を明確に共有し、なぜその基準で評価するのか(例:定義した課題に最も応えているか、ターゲットユーザーに有効か)を説明します。
- 具体的な収束手法の選択と実行:
- ドット投票、フィーチャーピッカー、コンセプトポスター作成など、参加者の人数や時間、目的に応じた具体的な収束手法を実行します。
- 単に多数決ではなく、なぜそのアイデアが良いのか、定義した課題や共感フェーズで得たインサイトとどう繋がるのかを議論する時間を設けます。
- 選ばれたアイデアの具体化(次のフェーズへの準備):
- 選定されたアイデアについて、そのコンセプトや想定されるユーザーへの影響を簡潔に記述する「アイデアカード」や「コンセプトシート」を作成します。これにより、次のプロトタイピングに向けた情報の整理ができます。
- 移行時のファシリテーション:
- 「たくさんの素晴らしいアイデアが出ました。次に進むために、どのアイデアが最も有望か、皆で力を合わせて選んでいきましょう」と、共創的な選定プロセスであることを強調します。
- 選定されたアイデアについて、改めてそのコンセプトや、なぜそれが選ばれたのかをチームで確認し、次のプロトタイプ作成に向けた共通理解を醸成します。
4. アイデア収束フェーズからプロトタイプフェーズへ
収束フェーズで選ばれたアイデアを、プロトタイプフェーズでは実際に形にしていきます。プロトタイプは、アイデアを検証するための具体的なツールです。
つなぎ方のポイント:
- 選定アイデアの明確化:
- プロトタイプにするアイデア(または複数のアイデアの組み合わせ)を明確にし、参加者全員が「何を作るのか」を理解している状態にします。
- アイデアカードやコンセプトシートをプロトタイプ作成の出発点とします。
- プロトタイプの目的設定:
- 「このプロトタイプで何を検証したいのか?」「ユーザーのどのような反応を見たいのか?」という、プロトタイピングの目的(検証すべき仮説)を明確にします。目的が曖昧だと、プロトタイプの方向性がブレたり、テストで何を見るべきかわからなくなったりします。
- 「〇〇という課題に対する△△というアイデアは、ユーザーに□□という価値を提供できるか?」のように、仮説を立てます。
- プロトタイプの粒度の決定:
- 時間やリソース、検証したい仮説の性質に応じて、プロトタイプの最適な粒度(紙のスケッチ、簡単なモックアップ、ロールプレイング、ストーリーボードなど)を決定します。完璧なものを作る必要はなく、最小限の時間と労力で最大の学びを得られる形を目指します。
- 移行時のファシリテーション:
- 「選ばれたアイデアを、次のテストフェーズでユーザーに触ってもらえるように、まずは形にしてみましょう。完璧でなくて構いません。アイデアの『核』が伝わるように、最低限のもので作り始めましょう」と、目的と期待値を明確に伝えます。
- 「このプロトタイプで一番知りたいことは何ですか?」と問いかけ、検証したい仮説を意識させながら作業に入ります。
5. プロトタイプフェーズからテストフェーズへ
プロトタイプフェーズで作成したものを、テストフェーズでは実際のターゲットユーザーに提示し、フィードバックを得て学びを深めます。
つなぎ方のポイント:
- プロトタイプの準備:
- テストに使うプロトタイプが完成しているか確認します。まだ未完成の部分があっても構いませんが、検証したい核となる部分が提示できる状態にします。
- プロトタイプだけでなく、テストのシナリオやユーザーへの質問リストも準備します。
- テスト計画の確認:
- 誰に(ターゲットユーザー)、何を(検証したい仮説やプロトタイプの機能)、どのように(テスト方法、質問)、何を見るのか(ユーザーの行動、発言、表情)といったテスト計画をチームで最終確認します。
- テストの目的(例:ユーザーの使いやすさ、提供価値への共感、特定の機能への反応など)を改めて共有します。
- 役割分担と心構え:
- テスト実施者、質問者、観察者、記録者といった役割分担を確認します。
- テストはユーザーの「評価」ではなく、ユーザーから「学ぶ」ための機会であるという心構えを共有します。プロトタイプへの批判的な意見も、ユーザーの隠れたニーズや課題を発見する貴重な機会と捉えます。
- 移行時のファシリテーション:
- 「いよいよ、私たちが考えたアイデアと形にしたプロトタイプを、ユーザーさんに触ってもらって、率直なご意見を伺う時間です」と、次のステップの目的を明確に伝えます。
- 「ここで得られる学びが、この後のアイデア改善や次のステップに繋がります。ユーザーさんの言葉や反応を、先入観なくしっかり観察し、多くの気づきを得ることを目指しましょう」と、テストに臨む姿勢を促します。
全体を通して意識すべきこと
デザイン思考ワークショップ全体を通じて、フェーズ間をスムーズにつなぐために、ファシリテーターが意識すべき共通のポイントがあります。
- 成果物の可視化とアクセス: 各フェーズで生まれた成果物(インサイト、HMW問い、アイデア、プロトタイプなど)は、常に全員から見える場所に掲示したり、オンラインツール上で容易にアクセスできるようにしたりします。これにより、参加者はいつでも過去の議論や発見を振り返り、次の活動との関連性を意識できます。
- フェーズ移行の意図を明確に伝える: なぜ今このフェーズから次のフェーズに移るのか、次のフェーズでは何を目指すのか、それがこれまでの活動とどう繋がるのかを、毎回丁寧に説明します。参加者がワークショップ全体のストーリーを理解し、迷子にならないように導きます。
- 学びの共有とリフレクション: 各フェーズの終わりに、そこで得られた重要な学びや気づきをチーム内で共有する時間を設けます。「このフェーズで一番驚いたことは?」「ユーザーについて新たに学んだことは?」といった問いかけは、学びを定着させ、次のフェーズへの移行をスムーズにします。
- 時間管理と柔軟性: 各フェーズの時間配分を計画し、進捗を管理することは重要ですが、ユーザーへの共感やアイデア発想が深まっている場合は、柔軟に時間を調整することも検討します。ただし、後続フェーズへの影響を考慮し、参加者と合意形成を図りながら進めます。
- 参加者のエネルギー維持: 特に長時間のワークショップでは、フェーズの切り替えは参加者の集中力やエネルギーが途切れやすいタイミングでもあります。休憩を挟んだり、軽いアイスブレイクを取り入れたりするなど、参加者の状態を見ながらリフレッシュを促す工夫も効果的です。
まとめ
デザイン思考ワークショップの成功は、個々のフェーズでのアクティビティの質だけでなく、それらをいかに有機的につなぎ合わせるかにかかっています。共感から定義へ、定義からアイデアへ、そしてプロトタイプ、テストへと、前のフェーズでの発見や成果を丁寧に引き継ぎ、次のフェーズのエネルギーへと転換させていくことが重要です。
フリーランスの研修講師やコンサルタントとして、これらのフェーズ間の「つなぎ方」を意識し、本記事で紹介したような実践的なノウハウを取り入れることで、参加者にとってより深く、より連続性のある学びの体験を提供できるようになります。これは、ワークショップの成果を最大化し、あなたのサービス価値を高めることにも繋がるでしょう。
ぜひ、次回のデザイン思考ワークショップを企画・実施される際に、本記事の内容を参考に、フェーズ間のスムーズな移行と成果連携を意識した設計とファシリテーションに挑戦してみてください。