はじめてのデザイン思考ワークショップ 共感・定義フェーズのアウトプットの質を高める実践ガイド
デザイン思考ワークショップを企画・実施されるフリーランスの研修講師・コンサルタントの皆様、こんにちは。
デザイン思考ワークショップの各フェーズは、それぞれ重要な役割を担っていますが、中でも「共感(Empathize)」フェーズと「定義(Define)」フェーズは、その後のアイデア発想、プロトタイピング、テストの質を大きく左右する、ワークショップの成否を分けると言っても過言ではない根幹部分です。
この初期フェーズで得られる「インサイト」や「課題定義(PoV: Point of View)」のアウトプットの質が低いと、いくら熱心にアイデアを出しても的外れになったり、参加者の納得感が得られにくくなったりする可能性があります。
この記事では、共感・定義フェーズにおいて、参加者からより質の高いアウトプットを引き出すための具体的な手法と、ファシリテーターが押さえるべきポイントについて、実践的な観点から詳しく解説いたします。
共感フェーズ:深いインサイトを引き出すために
共感フェーズの目的は、対象となるユーザーや顧客の立場に立ち、彼らの隠れたニーズ、悩み、感情、行動パターンなどを深く理解することです。ここで得られる「生きた情報」とそこから導かれる「インサイト」が、すべての活動の出発点となります。
1. 適切なインタビュー対象者の選定と準備
インサイトの質は、誰に話を聞くかに大きく依存します。単に多くの人に聞けば良いというわけではありません。
- 対象者の明確化: 解決したい課題や探求したいテーマに最も関連性の高い、多様なバックグラウンドを持つ人々を選定します。既存の顧客だけでなく、潜在顧客、競合サービスの利用者、関連分野の専門家なども候補になり得ます。
- 事前の情報収集: 対象者について可能な限り事前に情報を集めておきます。基本的な属性情報はもちろん、彼らが関心を持つこと、日頃利用しているサービスなどについて知っておくと、当日の会話がスムーズに進みます。
- インタビューガイドの作成: 聞きたいことのリスト(トピックリストや質問集)を準備します。ただし、これはあくまでガイドであり、会話の流れの中で柔軟に変更・追加できるものとします。閉じた質問(Yes/Noで答えられる質問)だけでなく、開いた質問(「なぜ」「どのように」「どんな時」)を中心に構成します。
2. 深掘りする「問い」の設計と使い方
良いインタビューは、良い「問い」から生まれます。参加者がユーザーから深い話を引き出せるよう、問いの立て方を指導します。
- 「なぜ」を繰り返す: ユーザーの発言に対して「なぜそう思うのですか」「なぜその行動をとるのですか」と掘り下げていくことで、表層的な事実の裏にある動機や感情を引き出します。
- 具体的なエピソードを促す: 抽象的な意見ではなく、「具体的にどんな時ですか」「その時、どんな気持ちでしたか」など、特定の体験やエピソードを語ってもらうよう促します。具体的な話の中にこそ、隠れたニーズやインサイトが潜んでいます。
- 感情や感覚に焦点を当てる: 「その時、どう感じましたか」「どんな気持ちになりましたか」といった問いは、ユーザーの感情面に触れる重要な手がかりとなります。
- 沈黙を恐れない: ユーザーが考え込んでいる間に、安易に次の質問を挟まず、沈黙を待つことも重要です。ユーザー自身が考えを整理し、より深い言葉を発する可能性があります。
- バイアスを避ける: 自分の仮説を肯定するような誘導尋問は避け、ユーザーのありのままの言葉を引き出すことに集中します。
3. 観察・インタビュー情報の整理と「インサイト」抽出
集めた情報をどのように整理し、インサイトを見出すかが、このフェーズの要です。
- 情報の可視化: インタビュー中にメモを取った内容や観察事項を、付箋などを使って壁やホワイトボードに貼り出します。参加者が集めたすべての情報を共有・可視化することが第一歩です。
- アフィニティマッピング: 収集した情報を内容ごとにグルーピングし、共通するテーマやパターンを見つけ出します。このグルーピングのプロセス自体が、参加者の気づきを深めます。
- インサイト記述の練習: グループの中から「ユーザーの隠れたニーズや、行動の背後にある動機・感情」として解釈できるものを探し出し、「〇〇(ユーザー)は、××(ニーズや欲求)である、なぜなら△△(観察事実やエピソード)からそう考えられる」のような形式で記述する練習を促します。単なる事実の羅列ではなく、そこから何を読み取ったのか、という「解釈」を含めることがインサイトの質を高めます。
定義フェーズ:解決すべき課題を明確にする
定義フェーズでは、共感フェーズで得られたインサイトや発見をもとに、解決すべき「本当の課題」を明確に定義します。質の高い課題定義は、その後のアイデア発想を適切な方向に導きます。
1. インサイトから課題定義(PoV)への移行
共感フェーズで見出したインサイトを基に、解決すべき課題を記述します。デザイン思考では、この課題定義を「Point of View (PoV)」として記述することが一般的です。
- PoVの構造理解: PoVは基本的に「[ユーザー]は、[ニーズ]である。なぜなら、[インサイト]だから。」という構造をとります。参加者がこの構造を理解し、インサイトからPoVを生成できるようサポートします。
- 例: 「若いビジネスパーソンは、仕事の効率を上げたいと強く願っている。なぜなら、彼らはタスクに追われ、常に時間が足りないと感じており、自分の時間をより価値のある活動に使いたいと考えているから。」
- 「ニーズ」の深掘り: PoVにおける「ニーズ」は、単なる欲しいものではなく、ユーザーの根源的な欲求や目的です。観察事実やインサイトから、ユーザーが本当に求めていること(機能ではなく、目的や状態)を読み解く訓練を促します。
- 適切な課題の粒度: 定義する課題は、広すぎるとアイデアが拡散しすぎて収拾がつかなくなり、狭すぎると可能性を限定してしまいます。チームで議論し、解決可能でありつつも新しいアイデアを生み出す余地のある「適切な粒度」の課題を見つけることが重要です。
2. 定義した課題を「問い」の形にする(How Might We...)
定義した課題を「How Might We (どうすれば私たちは...)」という問いの形に変換することで、アイデア発想フェーズへの橋渡しをします。この問いの質も、その後のアイデアの質に直結します。
- 問いの変換練習: 定義したPoVから、様々な切り口で「How Might We...」の問いを生成する練習を行います。
- 例(上記のPoVから):
- How Might We 若いビジネスパーソンが、タスクに追われずに仕事の効率を上げられるようにするか?(PoVのニーズに焦点を当てる)
- How Might We 若いビジネスパーソンが、自分の時間をより価値のある活動に使えるようにするか?(PoVのインサイトに含まれる欲求に焦点を当てる)
- How Might We 若いビジネスパーソンの「常に時間が足りない」という感覚を解消できるか?(ネガティブな状態を解消することに焦点を当てる)
- 例(上記のPoVから):
- 複数の問いを生成: 一つのPoVから複数のHow Might Weの問いを生成することで、多様な視点からのアイデア発想を促します。
- 問いの評価: 生成された問いが良い問い(適切に焦点を絞りつつ、発想の余地を与える問い)であるかをチームで評価し、洗練させます。
アウトプットの質を高めるファシリテーションのポイント
講師・コンサルタントとしてのファシリテーションが、参加者のアウトプットの質を大きく左右します。
- 観察と傾聴の重視を促す: 共感フェーズでは、単に質問リストを消化するのではなく、ユーザーの表情、声のトーン、ジェスチャーなども含めた「深い観察と傾聴」が重要であることを繰り返し伝えます。
- バイアスへの気づきを促す: 参加者が自身の思い込みや既存の知識にとらわれず、ユーザーの言葉に素直に耳を傾けられるよう、ワークショップ中に意識的に声かけを行います。「今、これはあなたの解釈ですか、それともユーザーが言ったことですか」など、情報の種類を区別させる問いかけも有効です。
- 「Why」を常に問いかける: 参加者が事実や表面的な情報に留まらず、「なぜそうなのか」「その背景には何があるのか」と問い続ける姿勢を促します。
- 情報の整理・構造化をサポート: 集まった膨大な情報を前に、参加者が途方に暮れないよう、アフィニティマッピングなどの情報整理手法を明確にガイドし、構造化のプロセスをサポートします。
- インサイトやPoVの記述フィードバック: 参加者が記述したインサイトやPoVに対して、具体的なフィードバックを行います。「これは事実の記述に留まっていますね。ここからどんなニーズや感情が読み取れますか?」「このPoVは少し広すぎる(または狭すぎる)かもしれません。もう少し焦点を絞る(または広げる)にはどうしたら良いでしょう?」など、質を高めるための具体的な示唆を与えます。
- 時間配分と深掘りのバランス: 限られた時間の中で、十分に情報を集め、深く分析・定義するバランスを取ることが求められます。必要に応じて時間管理を厳密に行い、重要な議論には十分な時間を確保できるよう調整します。
- オンライン実施時の工夫: オンラインホワイトボードツールなどを活用し、付箋情報の共有やグルーピングを円滑に行えるよう準備します。また、画面越しでは非言語情報が伝わりにくいため、参加者に意識的に観察・傾聴するよう促したり、ブレイクアウトルームを適切に活用して少人数での深い対話を促したりする工夫が必要です。
まとめ
デザイン思考ワークショップにおける共感・定義フェーズは、その後のすべてのアウトプットの基盤となります。このフェーズで得られるインサイトや課題定義の質を高めることが、ワークショップ全体の成功に不可欠です。
フリーランスの研修講師・コンサルタントとして、参加者が深いユーザー理解に基づいた質の高いインサイトを見出し、そこから解決すべき「本当の課題」を明確に定義できるよう、この記事でご紹介した具体的な手法やファシリテーションのポイントをぜひ実践に活かしていただければ幸いです。
表面的な手法の習得に留まらず、ユーザーへの深い共感と、課題の核心を見抜く洞察力を養うことが、講師自身の成長にもつながり、提供するワークショップの価値をさらに高めることでしょう。
この記事が、皆様のワークショップ設計と実施の一助となれば嬉しく思います。